『第三惑星まで、あと30パークスです』
宇宙船ゲイルバームのコンピュータが、無機質な声でいった。
「やれやれ、やっと到着か」
船長のサンズマルトがいった。
「全くですね。一年と三か月。その間、シーズンも抑えられた生活でしたから」
操縦士のメルキタムが答えた。
「しかし、薬で生命のリズムを崩して後で副作用はないんでしょうか」
「あの薬は、ゲシル大学の医学部が安全を保証しているから大丈夫だろう。しかし、きみは旅の途中でもシーズンにばかりこだわっていたが、もっと重要なことがあるんだぞ」
「何でしょうか」
「低重力の影響だよ。この宇宙船はわずかな重力しか発生させていない。地上で暮らす場合のほぼ十分の一だ。それにすっかり慣れてしまったからな。我々の目的地の惑星は、母星のゲシルよりは重力が大きいというから、着陸してしばらくは体が重くて仕方がないだろう」
『第三惑星まで、あと20パークスです。周回軌道を取りますか』
コンピュータが二人の会話を邪魔した。
「よし、周回軌道に入れ」
『了解しました。周回軌道に入ります』
宇宙船が減速するのを、メルキタムは体で感じた。気のせいか、母星を出発した時の加速より大きく感じられた。これも低重力に慣れたせいなのだろうか。
スクリーンに惑星の表面が映し出された。
「ずいぶん海が多い星ですね」
と、メルキタムがいった。
「もっと速度を落として、どこかの大陸に対して静止軌道に乗るようにしてくれ」
数時間後に、宇宙船は一つの大陸の上で静止した。
サンズマルトはスクリーンに次々と映し出される映像を拡大し、着陸に適した地点を探した。
「やっぱり文明はあるようだな。我々の文明よりだいぶ劣っているようだが、これは都市に間違いない。この星の種族が好戦的かどうか分からんから、最初は都市を外れたところがいいだろう。我々の武器が素晴らしいといっても、たった二人だけだからな。用心するに越したことはない」
船長が決定したのは、大陸の南部の田園地帯だった。二ペルトほどの離れたところに小さな集落らしいものがあり、偵察の目的には絶好の地点に思われた。
メルキタムは着陸地点を入力した。
『何時に着陸しますか』
コンピュータが質問した。
大陸に夜が迫っていたからだった。
「明日の朝、日の出後2時間に着陸してくれ」
『了解しました。それまで、ゆっくりお休みください』
「お前に慰められても、嬉しかないよ」
と、メルキタムが毒づいた。
「お前がシーズン中の可愛子ちゃんだったらな」
着陸は全てが順調にいった。
『大気の分析の結果をお知らせします。水蒸気を除いた構成比は、窒素78.10%、酸素20.93%、アルゴン0.933%、二酸化炭素0.034%、有毒ガスの検出は見られません。ただ今の気温は34キール。気圧は105キール。宇宙服の着用は必要ありません』
大気は母星のそれとほとんど同じで、宇宙服が不要なことはコンピュータにいわれるまでもなかった。
もっとも、船長が心配した通りに体が重く感じられたので、宇宙服を着ろといわれてもそんな重い装備をつけたら、動くことはできなかったろう。
とうとう二人は立って歩くのを止めて、四つんばいになった。
「我々の祖先が四足歩行をしていたということがよく分かりますよ」
と、メルキタムがいった。
「で、どうします? これじゃあ、外に出たって何もできませんよ」
「しかし、アルトハルメ長官はぐずぐずしているのがお嫌いだ。帰ってからの航海日誌で何日も宇宙船に留まっていたと知ったら、何といわれるか」
「でも、こんな状態じゃあ、武器だって持てませんよ」
「小型のレイガンなら持てるだろう。この星の文明は我々の古代に相当するようだから、それで充分だ」
二人はレイガンを用意した。もっとも二足歩行が無理だったので、レイガンは下腹部の袋に入れておいた。
外の空気は新鮮でおいしかった。それに、草のいい香りで満ち満ちていた。
「まるでアウトハーム国立公園にでもいる気分ですね。ゲシルに帰って休暇が取れたら、行ってみよう。ぼくはここ5年もこんないい香りにご無沙汰していますからね」
「ここが異星だということを忘れるな。ほら、向こうから動物らしいのがやって来たぞ」
それは小さな犬のような動物だった。
二人は(懸命の努力で)ゆっくりと立ち上がった。
武器を取り出すまでもなかった。犬は二人の巨大さに恐れをなして、啼きながら逃げていった。
「ぼくは生物学の学位も取っているんです。動物同士は無用の戦いを避けるために、大きさを比べて優劣を決めるという法則は、この星でも通用するようですね」
「そうだといいがな」
二人は宇宙船を中心として、少しずつ行動半径を広げていった。
次に見かけたのは鹿のような動物だった。これは半分立ち上がったところで逃げていった。
「やっぱり法則は通用するんですよ」
「そうだといいがな」
小川の側に来た時、向こうの岸に熊のような動物がいた。二人が立ち上がると、相手も立ち上がった。背の高さは二人の方が少し高かった。
二人は下腹部の袋のレイガンに手をやった。しかし、取り出す前に熊は一声唸ると逃げていった。
「どうです。あの動物は捕食者としてのあらゆる特徴を備えていましたよ。ぼくはこのあたりの食物連鎖の頂点にいる奴だと判定しますね。そいつが逃げ出すんだから、法則は絶対ですよ」
「かもしれんな」
川に沿って少し進んでいくと、キャッキャッというような弾んだ声が聞こえた。
「待って。あれは会話です」
と、メルキタムが小声でいった。
「この星の文明を担っている生物かもしれない。そっと近づいてみましょう」
二人は四つんばいのまま、そろそろと声のした方に近づき、茂みの蔭から生物を観察した。
生物は二頭いて、川で水浴びをしているところだった。
軍人出身であるサンズマルトにも、二頭の間で声による複雑な意思伝達が行われているのが分かった。
「文明度はかなり高いかもしれませんよ。水をかけ合っているけど、体をきれいにするというよりは、遊びの要素が強いでしょ」
と、メルキタムが感心したようにいった。
これまでに出会った生物と違って、その生物にはほとんど体毛がなかった。真っ白の地肌で、頭部には長いたてがみがある。たてがみの色は一頭は真っ黒で、もう一頭は茶色だった。
「体毛がなくて、保温の問題はどうするんでしょう。おもしろい研究課題になるかもしれませんね」
10分ほどたって、水浴びが終わったようだった。二頭は立ち上がり、岸に向かった。
「いかん、こっちに来る」
と、サンズマルトがいった。
二人は思わず、(ゆっくりとだが)立ち上がった。
水から上がった生物は、茂みの蔭から現れた巨大な二人を見て悲鳴を上げた。
「相手の目を見ないで。敵意を示さないで」
メルキタムがいった。
黒いたてがみの生物が岸辺に置いてあった長い棒のような物を取り上げた。
「いかん。あれは武器だ」
サンズマルトが叫んだ。急いで下腹部の袋からレイガンを取り出そうとした。しかし、いくら力を入れても手の動きは鈍かった。
「イヤーッ」
かけ声とともに棒がサンズマルトの胸に突き刺さった。
茶色のたてがみの生物も金属製の武器を手にしていた。
「こんなはずは……」
武器が自分に振り下ろされるのを見てメルキタムはいった。
「いやー、こわかった」
黒い髪のチチーナがいった。
「あたしも、もう死ぬかと思ったよ」
茶色の髪のミリエーヌも溜め息をついた。
それから、二人ともまだ裸でいることに気づいて、急いで服を着た。
二人は改めて武器を手にし、巨大な鼠に近づいた。二匹とも完全に死んでいた。
「こんな大きなネズミ見たことある?」
と、チチーナがいった。
「ないよ。こんな大きいのなんて」
「ねえ、これってネズミだけど、モンスターっていっていいんじゃない」
「そうねえ、そういえばいえないことはないかも」
「じゃあ、あたしたちモンスターを倒したんだ」
「そうね」
「じゃあ、証拠に尻尾でも切って帰ろうか」
「よしなよ」
「どうして?」
「だって、こいつら大きいことは大きかったけど、ただぼけーっと突っ立ってそっぽを向いていただけでしょ」
「うん」
「だから、誰にでも退治できるんだよ。そんなのをやっつけたって自慢したら、馬鹿にされるだけだと思わない?」
「それもそうね。じやあ、このままにして帰ろう」
二人の女戦士はゲシル星人の死体を後にして、近くの村に向かった。
道の途中でチチーナがいった。
「ねえ、考えてごらん」
「何を?」
「ネズミって、繁殖のシーズンが一年に何回もあるんでしょ」
「そうらしいよ」
「あんな大きなネズミがそうやってどんどん増えていったらどうなると思う?」
「よしてよ、そんな話。考えただけで寒気がしてくるわ」
「そうだよね。そこらへんにあんな大きなネズミがうろうろしてたら、こわいよね」

画:はなも大王
最初のカードゲームで、わたしは巨大ネズミを一番弱いレイティングにした。それは、ただぼけーっと突っ立っているだけのように見えたからだった。ファンもそう感じたらしく、ファンジンに出てくる巨大ネズミはみんなぼけーっと突っ立っていた。二作目から、九月姫さんに「もう少し凶悪にしてください」と頼んだのだが、ファンジンに出てくるのは相変わらず最初のやつだった。最初の巨大ネズミは何となく愛嬌があり、そこがよかったのだと悟って、わたしはまた元に戻してくれるように頼んだものである。
ところで、『モンスターメーカー』には『宇宙商人』というカードゲームもある。宇宙服姿のキャラクターが異星人のモンスターと戦ったり、交渉したりするゲームだが、その中で巨大ネズミはゲシル星人として登場する。この短編集は、最初はファンタジーだけでなく、学園物や、SF物や、妖怪物も載せようということだった。わたしはSF物を書くことになったので、ゲシル星人を取り上げようと思った。しかし、どんな話にしようかと考えていると、必ず「ぼけーっ」に戻ってきてしまうのである。そこで、とうとうこういうストーリィになってしまった。この短編集は、評判がよければ第二集も出すつもりだが、その意味では、このタイトルはぴったりだとは思わないだろうか。
鈴木銀一郎 著 「第一次探検隊」
「モンスターメーカー カードの国の大冒険」(1995年 富士見書房)に収録
Copyright 1995 有限会社翔企画 (Showkikaku)